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子どもたちと地球の未来のために 特定非営利活動法人(NPO)アース・エコ

活動報告ACTIVITY Report

福島県内の“帰還困難区域”を通って!

 昨年、岩手県の三陸地方への研修旅行に参加し、実際に津波による震災の後を見て思い、また今回(6月24日)福島県の原子力発電の震災事故による汚染地帯の帰還困難区域を車で実際に走行し、その現実に思いをはせた。今回は、いわき市より車で国道6号線を相馬市に向けて北上し、被害を受けた現状を見る為だ。
 最初に海岸近くで津波の被害の遭った人達が久之浜第一小学校の敷地の一部を借り、11店舗で商売をしている「浜風商店街」に立ち寄より、展示してあった被害の写真展を見たり、そこの人達の話を聞いたりした。
 次に車を被害にあった東電第二原発の方に進める。車の中では線量計を手に取り、走行中の放射能の影響度合いを測る者もいた。時々「線量0.15μSv/h」と読み上げる声が車内に響く。途中Jヴィレッジ(原発事故後、東電の作業等の対策本部)に立ち寄り、そこで外部に設置された放射能測定器の測定値を見る。表示は0.193μSv/hを示していた。国道に戻り、第二原発へと車を進める。暫く走ると右手に折れる原発に通じる道が現れそちらに進む。この先検問所がありとの表示があったが、引き返し覚悟で更に進む。案の定検問がありそれより先に行かれない。運転者の免許証を検査され、Uターンさせられた。戻る途中、道路脇に車を止め、線量を測定した。遠くに原発の一部である煙突のような物が木々の上に飛び出しているのが見える。建物は森で見えない。ここはまだ線量は少ない。
 車はまた国道に戻り、北上を続けた。国道沿いでは斜面の汚染除去の作業が数か所で見られた。皆マスクしての作業だ。事故後4年経ってもまだ除染処理が続く。国道から外れた土地はどうなのだろう。気が付くと車は「帰還困難区域」に入っていた。そう言えば先ほどから道路沿いの民家や店舗、事業所は建っているものの人影はなく、その周りは草で覆われたり、雨戸は朽ちていたり。また、国道より脇道という脇道はブロックされて入れないか、関係者しか通行ができない状態であった。そう言えば、国道を通る車は乗用車やトラックばかりで、自転車やバイクは走っていない。歩行も制限されているようだ。時々警察の車と行きちがう。警戒しているのだ。又、信号機は日中でも黄色の点滅となっている。国道の脇から入ってくる車は稀なのだ。
 突然、車内の線量計からけたたましい音が鳴った。そして「2.58」と読み上げる声がした。第一原発に近くなったからか、それからも「4.58」「5.38」と警報音と共に読み挙げられる。その度に皆の気持ちを緊張させる。右手に海岸に向かう電線が鉄塔と共に見える。第一原発の方向だが建物は見えない。車は走る。まだ「帰還制限区域」だ。まだ線量計から音が出る。「早くこの区域を出たい」と内心思った。皆の思いも同じだったのではないか。
 何キロくらい続いたのだろうか。いつの間にか「帰還困難区域」から出ていた。内心、ほっとした自分がいた。
 車は浪江町へと入っていった。そこはTV番組「鉄腕ダッシュ」でお馴染みの「ダッシュ村」として放送されたところで、今はどうなっているのだろうか? 後で知るが、浪江町は線量が下がっているといっても今でも一番放射能の被害がひどいとのこと。
 コンビニが開いていたのでそこで休憩する。なんでも作業関係者のためのようで午後3時には閉店とのこと。裏手には浪江町役場が建ち、その前の道路は規制され遠くはるかまで人の気配はない。
 今回の視察を得てTV、新聞等の報道を経て知ることと実際に現地に赴きそれを体験することの違いがいかに大きいかを痛感した旅だった。行かれなかった方に少しでも何かを感じとっていただけたらと思う。
浜風商店街 Jヴィレッジに設置された線量計の表示
   
浪江町のコンビニ 午後3時に閉店する  
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